だが、振る舞いのすべてががらりと変わったわけではない。出口のクリアな言葉使いは、あくまで茫洋とした自分と入れ替わり現れるモードでしかないようだ。
 「急かされないと何もしない質(たち)のせいか、必要にかられると、自分ではわからないうちに勝手にスイッチが入ったようになって書いたり、話したりするみたいです。そのせいか講義している表情は怖いとよく言われます」
 そんな人となりの落差について、小学館の堀井寧はこう話す。
 「確かに大っぴらで、細かいことは苦手。でも、原稿は厳密だし、書くのが速い。しかも一見書き殴っているように見えて、要点をあるところでちゃんと繰り返している。そんなことは考えては書けないでしょう。王仁三郎は一日何百枚も口述して書いたそうですが、そういう血をひいているんじゃないかと思います」
 出口は2006年、長らく温めていた小説『水月』を上梓した。そこで描かれているのは、生死の境にある中有だ。この世とあの世の間の、あるともないとも判然としない世界。それは偶然にも王仁三郎が「霊の礎」などで著していた死生観にも似ていた。意外なところでの王仁三郎との再会だった。出口はこれまで意図的に宗教を、王仁三郎を敬遠してきた。
 「周囲は王仁三郎を神様みたいに扱っていましたが、本当にすごい人、あるいは偽物だったらどうしようかと心のどこかで気になっていました。どちらにしても、背を向けてきた負い目を感じています」

 王仁三郎は自らを「瑞(みず)の魂(みたま)」と呼んだ。瑞とは水。「汪」は、水に王と書く。王仁三郎その人の真贋はさておき、周囲が「聖師様」と呼ぶ人物にちなむ名の持つ意味は重い。実際、幼少の頃、信者から「汪様」と呼ばれており、彼の人格がどうあれ周囲に影響力を及ぼす土壌はあった。まして、出口の意識しないところで勝手に迸る言葉の持つ力を加えればどうなるか。代々木ゼミナールの講師時代、講義のたびに貢ぎ物のような差し入れが段ボール箱に山積みになった。満杯になった大教室での話を熱心にテープにとり、いまだに大切にしているものがいる。それらはどこか説法に熱っぽく聴き入る群衆のようでもある。
 「宗教的な組織に入れば、人を集める自信はあります。血だけで祭り上げられる可能性もあります。だからこそ宗教に引っ張り込まれたくない」