HOME > 対談・真剣勝負 > 第10回 田原総一朗

タブーを越えて、時代の変動を見据えたい 思考停止という心地よさ    
           
既知に依存する官僚的論理から未来を作る論理力へ

難しい言葉はごまかすために使われる
田原  古市憲寿さんの書かれた『絶望の時代の幸せな若者たち』という本が結構売れているんですが、ご存知ですか? 
 これを読むとなかなか面白い。彼らの世代は物心ついたときから日本は不況だから、高度成長もバブルも知らないわけですよね。
 僕らみたいな世代は、「もう一度、高度経済成長を!」みたいに思いがちですが、彼らはそうじゃない。物なんか欲しがらない。だけど、結構前向きで、たくましいんですよ。
出口  30歳前後のかつての僕の教え子たちの中には、今ビジネス界で成功している人も多いんですよ。昔みたいに起業するにもお金がかからない。「才能ひとつで勝負しよう」そういう前向きさを感じます。
田原  かつては会社に属すか、それともフリーかという、2つの選択しかなかったわけですが、彼らは会社に属するのでもフリーでもない、その間にいる感じなんです。
 つまり、会社は作っているんですが、それを大きくしようという気はない。それでいて結構うまくいっているんですよ。

 先日、六本木にあるシェアハウスを取材しました。これが面白かったんです。最近の若者はブランドに興味がないから家も欲しがらない。だから、住むところにこだわりがなくて、マンションの部屋を4、5人で借りて住んでいる。
 左手に六本木ヒルズ、右手にミッドタウンが見えるような、バブルの時に出来たマンションだから豪華で、家賃も30万円くらいと高い。だからあまり借り手がない。ところが数人で借りれば問題ないわけです。
 そういう割り切りがあるんですよね。しかも借りた人たちは、それぞれ別の事業をやっている。
出口  現実を踏まえながらも、その枠の内で自己実現をめざす気概を失っていないんですね。東大に起業家サークルがあって、それぞれが学生でいる間に自分で会社を作る。そういう動きが盛んです。
 不況下に生きながらも、新しいことをしようという流れが若い世代にあるのを感じます。僕も負けていられないと、ラジオ日本で「平成世直し塾」という番組を始めたんです。
 もともと論理的な思考を教えることが本業ですから、日本のどこが問題で、どうすれば解決できるのかについて、誰もがわかる言葉で一緒に考えていこうという番組なんです。専門家が難しい言葉で語ってもわかりにくいですからね。
田原  経済評論家でも政治家でも、だいたい難しい言葉を使うときはごまかしがある。
 テレビ番組でも、難しい言葉を使う人には、「僕は頭が悪いからもっと易しく言ってくれ」と言うんです。すると何も言えなくなる。自分の理解の深まりのない話をするとき、専門用語を使うんですよね。
右肩上がりの経済はもうない?
出口  専門用語の問題と似ていますが、過去の時代をわかりやすく説明するための枠組で、今の時代を語ろうとする人が未だにいます。しかし、それでは深まりのある話にならない。もう無理があると思うんです。
田原 そうですね。「左が進歩的で良いんだ」という立場だって、今はもうありえないわけで――あれは社会主義が理想的に考えられていた時代の話ですから。
 例えば共産党なんて進歩的でも何でもなく、今や日本で最も保守的な政党だと思いますよ。だって、自分たちの立場を「変えない」と言っているのだから。つまり保守ということです。日本で最も保守的な政党が、共産党だというわけです。
出口  ひとりひとりの単位で見ると良い人たちが多いのだから、思い切って共産主義から転換したら、良い党になると思うんですけどね。でも捨てられない。
 捨てるということについて言えば、「右肩上がりの経済」という考え方からなかなか抜けられない人も多いと思います。
田原  私は逆に「右肩上がりの経済はもうない」という主張は、あまり信用していないんです。たしかに国全体のGDPは上がらないと思います。すでに中国に抜かれましたし、これからもっと落ちて行くでしょう。
 だけど、そのことと1人当たりのGDPまで落ちることを座視していて良いのか。そこは問題ですよ。
出口  なるほど。
田原  私が小学5年生の夏休みに戦争が終わったんです。すると1学期まで教えられたことと、2学期になってから教えられたことが正反対になりました。
 戦中は「ぜいたくは敵だ」「欲しがりません、勝つまでは」だった。ところが戦後になるとぜいたくになることが良しとされた。そして、高度成長を経て、生活が豊かになっていきましたよね。
 原発事故以降、今までの豊かさへの反省からか、自分たちの生活を見直そうという流れがあります。
 それは良いとして、とにかく原発に反対。電力なんてそんなに無くたっていいじゃないか。貧しくてもいいじゃないか。つきつめると「ぜいたくは敵だ」と同じような論調があるわけです。
 僕は1人あたりのGDPが下がって、みんなが貧しくなるような社会がいいとは決して思わない。
出口  若い世代と我々の世代では、ぜいたくの意味が違う気がするんですよ。彼らは車や家とか、ひたすら物質的豊かさを追求するような生活には興味を持っていない。そういうぜいたくには関心が持てないだけで、貧しくなりたいわけではないと思います。