HOME > 対談・真剣勝負 > 第12回 大迫弘和

 日本の教育界で今、壮大な地殻変動が起こりつつあります。「2018年までに国際バカロレア認定校を200校に増やす」―これは昨年6月、アベノミクス第三の矢として閣議決定された、日本再興戦略で掲げられた目標です。「国際バカロレア」と聞くと馴染みがなかったり、インターナショナルスクールの授業を想像したり、自分には関係ないものと考えてしまう方も多いのではないでしょうか。しかしこれこそが日本の教育界、そして社会をも根幹から変えてしまう一手となり得るのです。
 国際バカロレアの教育プログラムは、これまでの日本の教育とは大きく異なっています。知識を詰め込む教育ではなく、探究力・思考力・論理力・プレゼンテーション力養成に重きをおいた、課題解決型の授業を採用しており、カリキュラムを修了し試験に合格すると、世界の多くの大学に入学資格として認められます。この教育プログラムを日本に適した形で採用することが、真のグローバル人材の育成にも繋がってくるのです。
 国際バカロレアの導入によって、授業だけでなく、先生と生徒の在り方、さらに学習の概念さえも変わります。この変化が社会にどのような影響を与えるのか、日本における国際バカロレア第一人者、大迫弘和氏を迎え真剣対談をお届けします。

従来型の教育では得られない強み 社会全体を巻き込む教育改革 学びの本質へ
第一部 従来型の教育では得られない強み

まったく違う質の「学び」がある
出口  日本の教育と比べてIBはどこが良いのでしょうか。
大迫  IBのプログラムでは、特に学ぶことに対する姿勢とスキルを徹底的にトレーニングします。IBのプログラムで学習した生徒たち(以下、IB生徒)は、大学で学ぶ際に求められる姿勢とスキルを高校修了時点で身に付けているのです。日本の教育機関において、このようなトレーニングはほとんどされていませんよね。
 もう一つ、IBには「IB Learner Profile」という目指すべき10の学習者像があるのですが、その中に「リフレクティブ」(日本語で「振り返ることのできる人」の意)というのがあります。「リフレクション」という言葉は日本語訳では往々にして「反省」と訳され、ネガティブな部分に目が行ってしまいがちですが、英語の原意は、「長所は長所として評価をし、弱点はそれをどのように強化していったら良いか考える」という風に、長短両方の意味で考えるのです。IBでは、この「リフレクション」を特に重要なものとして考えています。その結果、IB生徒は自分が本当にやりたいことをよく知っていて、自分の道を自分で決めていけるようになるのです。
 日本の高校だと、先生は保護者と相談しながら、「君の力はこのレベルだから、こんな大学はどうだ」と提案しますよね。もちろんIBにおいてもそういう要素がない訳ではないけれど、最終的には自分の進路は自分自身が決めるのです。
 すると、自分がやりたい学問の内容――たとえば環境学とか芸術等――で大学を決めるので、「世界トップレベルの大学に入る力が十分にあるけれど、そこには行かない」という生徒が出てきます。
 日本の一般的な価値観だと、「なんともったいない」と思いますよね。だけどリフレクションを繰り返して自分を見つめる力を持っている彼らは、自分の将来を自分で描いて突っ走っていける。
 この二つは、IB生徒と日本の今の高校生たちとの際立った違いかもしれません。これらは、IBが目標の中心に据えている「生涯学習」の要素なのです。学ぶスキルと姿勢を身につけ、リフレクションを繰り返して自分の道を探っていくことを当たり前のようにしているIB生徒にとっては、生涯学び続けることもごく当たり前のことと思っているのです。
出口  既に東大もIBを入試における評価対象にしていますよね。一般入試で入った生徒よりも、バカロレア枠で入った生徒の方が、大学入学後の伸びが良いと聞いたことがあるのですが。
大迫  そうですね。よく「伸びしろが大きい」と言われます。それはやはり、IBのトレーニングにより、高等教育レベルの学びに対して準備ができているからですね。
 日本の受験教育を受けてきた子どもたちと比べ、大学に入った時点での知識量は少ないかもしれないですが、その先に学び続けていくことを知っている生徒たちですから、非常に伸びていくのです。大学院への進学を希望する割合も非常に高いです。
 よく聞くような、受験勉強で燃え尽きてしまい、大学の合格発表で「もう勉強はおしまい」と考えてしまう生徒とは対照的に、彼らは大学に入ると「さあ、ようやく本番だ」という気持ちになるのだと思います。
出口  その差は大きいですね。
 僕は、国際バカロレアは日本の教育における「黒船」だと思っています。日本の教育はいろいろなところで問題を抱えています。何とか変えようと文科省もゆとり教育をはじめ手を尽くしてきたと思うのですが、現実はなかなか変わらなかった。
 日本人の傾向として、内部が「旧制度ではもうダメだ」という状況のとき、外から大きなものが来るとガラッと変わりがちですよね。そういう意味では、バカロレアは黒船になる可能性が高いのではないかと期待しています。
仕組みから見えるシナリオ
出口  「バカロレア試験」というふうに世間からは誤解されがちですが、実際には教育のカリキュラムですよね。日本の教育と違う独自のカリキュラムで指導する学校がIB認定校で、修了試験によってIBの卒業資格を取る。その試験も、日本の大学入試とは違う内容です。
 世界の一流大学では、IB資格を持った生徒はどのように選抜されるのでしょうか。
大迫  先ほどおっしゃったように、世界統一試験を最後に受けますから、スコアが出ますよね。
 そして、たとえばイギリス型選抜なら、「オックスフォード、ケンブリッジなら何点」というように、必要スコアが提示されます。そのスコアを持っている子たちが出願していくことになるので、基本的にIBのスコアだけで他の学力考査はない形で入学できます。
出口  入学試験で合否が決まるのではなく、各大学が、「このスコアがあれば入れますよ」と提示するのですね。
大迫  はい。統一試験の前に出願は始まりますから、まずは「今までの勉強の状態だと、この子は最終的に何点ぐらいだろう」という見込み点を学校の責任者が作成し、その点数が大学に伝えられます。大学は「本当にその点を取ったら入学できますよ」という「条件付き合格」を出すことになります。もちろん、実際にIBの試験を受けてあまり良い成績が取れず、見込み点より下でしたら不合格になってしまいます。
 ただ、IBのスコアを持っていたら、入学に際して面接等はあっても学力試験は何も課されないことが大きな違いと言えるでしょう。
 アメリカ型は逆に、必要なスコアを示しません。アメリカはすべてAO(アドミッションズ・オフィス)入試ですから、入学試験ではなく、書類を送って評価を受けて、そして合否が決まります。そういう入試制度の中にIBのスコアの比重が大きく含まれるのです。ただし、大学として数値は示してはいません。
 東京大学はアメリカ型で、必要なスコアは示していないけれど、IBが評価に含まれます。筑波大学は全学群全学科でIB特別枠を設けて、センター試験なしで受け入れるというイギリス型になっていきます。
 ですからIBスコアや、様々な活動で高い評価を受けた者に道が開かれるという入試制度に日本も少しずつ変わりつつあると言えましょう。
出口  国際バカロレア試験を受ける生徒は、海外の大学に留学を希望する人が多いと思うのですが。
大迫  はい。2012年4月に文部科学省が初めてIB認定校を200校に増やすと言ったときは、「英語で実施されるIBプログラムを勉強した日本の高校生たちが海外へ行く」というシナリオでした。ところが2013年3月に日本語DP(注1)という、日本語で履修できるIBの科目が多数できました。その時点で逆に、「IB生徒を日本の大学に送り込んで日本の大学を活性化させる」という新しいシナリオができたのです。
出口  バカロレアのカリキュラムは、全て英語かスペイン語かフランス語で履修しないといけないというのが、日本の学校がかつてIBを採用できなかった大きな要因ですよね。しかし昨年、文科省とIB本部が合意をして日本語DPができた。これで状況が大きく変わりましたよね。
大迫  そうですね。世界史・経済・生物・化学に加え、数学と物理も日本語で履修できることになりました。
 DPのカリキュラムは6学習群あって、日本語で実施できる教科をどれだけ準備していても、実際には日本語での履修は最大4科目までと決まっています。
 6学習群の中のうち、グループ2は外国語ですので、ここは基本的に英語を取ります。グループ6の芸術は日本語化されていません。ですので、現状では外国語と芸術は、英語でやることになります。
 全体の3分の2にあたる、他の学習群(母語、社会科学系、自然科学系、数学)と、ここが極めて重要なのですが、IBプログラムの中心(コア)であるTOK(Theory of knowledge、知の理論)、CAS(Creativity, action, service、創造性・活動・奉仕)、Extended Essay(小論文)の全てが日本語で学べるようになったのです。
 「IBを日本語でやって海外の大学でこれまでのIBと同じ評価が得られるのか」とよく質問されますが、何語でやろうとも関係ありません。なぜなら、IBのスコアは国や学校ではなくIBO(国際バカロレア機構)が出すからです。シンガポールにあるアジアパシフィックオフィスが日本の学校を統括しています。IBOの評価基準で判定するのであり、英語力を見ているわけではありませんから、何語で履修しても変わらないわけです。
注1) Diploma Programme、16~19歳対象のIBプログラム。 他に、PYP(Primary Years Programme、3歳~12歳対象)、MYP(Middle Years Programme、11歳~16歳対象)及び高校卒業後社会に出る生徒のためのIBCC (IB Career-related Certificate)がある。
 
(続く・次回更新は7月9日です。)