HOME > 対談・真剣勝負 > 第三回寺脇研(元文部科学省審議官)

 

 

ゆとり教育の真実
時代が変わる。だから教育も変わらねばならない 生涯にわたって学ぶために学校では何が必要なのか 「総力戦」で教育していく態勢が必要
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論理力が日本語を「創造するための言語」に変える
出口  そうですね。でも、今、教育がそれにまったく対応できてないというのが現状だと思います。
寺脇  だから、国語だって英語だってそうなのです。国語はなんとなく空気みたいなものだから、みんなありがたみがあんまりわかってないけれど、日本の英語は、まさに読み書き中心主義で、何年勉強しても聞くことや話すことができないじゃないですか。あれは模倣のための言語としてあったわけで、読めればよかったのですね。まさに読むことが一番大事だったのでしょう。
出口  そうですよね。蘭学をずっと引きずっていますよね。
寺脇  出口さんが最初のほうでおっしゃったように、蘭学にしても、明治になってヨーロッパの言葉を学んだにしても、「模倣するための言語」だった。これからは「創造するための言語」にならなきゃいけない。だから、論理力が必要なのです。日本語を、「創造するための言語」にするために、です。通る企画書を書くとか、勝つプレゼンテーションをするとか、まさにそのような力をつける教育を進めていかなければならない。
出口  日本語でものごとを理解して考える力ですね。あるいはコミュニケーションする能力。
寺脇  そうです。相手に理解させる力です。
出口  国際社会の中でこのことが必要になってきています。日本語のスキルができてないのに、いくら英語を学習してもだめですね。
寺脇  そうです。英語は、母語でない限りは、基本的にはトランスレートするための手段です。もともとこの世に生まれた瞬間から、英語でものを考える人はいないわけですから。私たちは母語である日本語で考えるわけです。その母語が、創造するものでなければいけないのに、伝達する手段になっている。たとえば、漢字をたくさん覚えなさいみたいな考え方っていうのは、要するに、トランスレートするためには漢字をたくさん知っていれば便利だからです。しかし、そういうことではなくて、極端に言えば、漢字はたくさん知らなくても、表現能力が高ければいいのではないかということじゃないでしょうか。
出口  今の時代でちょっと心配に思うことがあります。僕は言語には「論理の言葉」と「感情語」があると考えています。何も論理の言葉が一番大事だと言うのではありませんが。ところが、論理の言葉というものを習得する機会を、今の子どもたちは持っていないのです。昔などは、思想関連の本を読んだりとか、議論したりとか、そういう機会がたくさんあった。しかし、今は子どもたちは議論しないし、あるいは、硬い評論などを読むことはないでしょう。また、文学を読まずに、携帯小説みたいなものを読む。文章書いても、メールでは絵文字なんかが多い。このへんは全部感情語ですね。で、漫画とか音楽とか、それは、良い悪いじゃなくて、そういうものがあふれかえっている。今の子どもたちというのは、論理の言葉を習得する場を全く持っていないのです。その結果、国語は、非常に恣意的なものになってしまっています。
 となると、論理的に言葉を使いこなすことができないような、こういった世代が、参政権を持って、世論を形成して、政治を作っていく。これをどこかで断ち切らないと、日本の国というのは滅んでしまうのではないかと思うのです。
寺脇  そのとおりですね。教育に総合学習みたいなものがないころは、同学年の同じクラスに同じような力を持った子どもがいて、先生から、ある程度論理を教わったかもしれないけれど、使う機会がないじゃないですか、同級生同士だったら。絵文字で済んでしまうわけだし、流行語使って仲間うちの言い方で不便はないわけです。だから、総合学習の一つの存在理由というのは、たとえばですね、子どもたちが職場体験をします、保育園に行くとします。そのときに、保育園訪問のお願いの手紙を書くことから始まる。とにかく保育園の先生と、コミュニケーションをとらなくてはいけなくなる。そうすると、仲間うちの言葉では通じないということがわかります。世の中はこうなんだっていうことを知って帰ってくるわけです。そういう場を作らないと、表現方法だけ教えても、使わなきゃ伸びないわけでしょう。
出口  ですから、総合学習で、社会のいろいろな所でいろいろな経験した子どもたちは、論理の大切さを発見したり、使い方を学習したりします。そういう生きた経験をすることが必要だということとともに、きちんとそれを訓練する場が必要だと思うのです。
 でも、今の教育の中で、あるいは子どもたちの環境の中で、本当に日本語をしっかりと訓練・習得する場がどこにもないというのが、すごく大きな問題です。そこに、僕が『論理エンジン』というプログラムをどうしても作らねばならないと考えた理由のひとつは、そこにあります。
寺脇  小・中学校は基礎教育だからまだいいとして、高校になったらもうドラスティックにね、うちの学校はこういう教育をやりますと、私たちはこういう教育をやりますと、外部にどんどん広報することが必要だと思うのです。高校にこそ斬新な、冒険的なメソッドがどんどん現れてこなきゃいけないと思うのに、逆ですね。高校は、センター試験でいい点数をとるようなメソッドにしか関心がないでしょう。
 今、出口さんの『論理エンジン』を採用している学校というのは、受験系の学校、つまり受験ばかり気にしている学校と、そうでない学校がありますが、どちらでしょう。
出口  両方です。どちらも採用しています。受験勉強の場合は、実際に論理力を鍛えていくと成績が上がるんですよ。それも、国語だけじゃなくて、あらゆる教科の成績が上がる。特に国公立大入試の場合、2次試験の記述力・論述力対策が必要だということで、『論理エンジン』を使えばとても力がつく。だから、進学実績を上げるということで導入する学校が多いのです。
 でも一方で、進学校ではない学校でも、導入しているところがあります。これはよく言われることですが、就職する生徒は当然で、専門学校に行く生徒のほうが、大学に進学する生徒よりも早く社会に出ていくことになります。社会に入ったら、他者との間でコミュニケーションをしていかなきゃだめですから、論理力が必要になります。ここに着目して『論理エンジン』を採用するのだと思います。
寺脇  大学に入る生徒だって、いつかは社会に出て行くわけですからね。論理力が必要だということです。これはよくわかりますよ。
社会に出ることを想定した学校の教育
寺脇  センター試験で高得点を取ることだけを目指している高校っていうのは、公立の進学校に多いわけです。つまり、センター試験をクリアするところまでが学校の責任だと思っているのです。今おっしゃったようにもう一歩踏み込めばいいのですが。
 センター試験は○×式っていうか選択式で、記述を求めたりしません。しかし、その先には当然、2次試験があり、その試験の中では論理力が問われます。あるいはさらにその先、大学院を受けるときなどは、もうまさに論文作成能力です。論理力がモノを言う世界です。
 社会に出るところまで見込んで指導している高校はいいのですが、とりあえず大学に入れておけばいいと考える高校では、センター試験対策の時間を確保するために、世界史などをすっとばすことがあります。そういうところはおそらく、出口さんのメソッドは取り入れようとしないでしょうね。
出口  『論理エンジン』を採用している公立高校で、センター試験対策のために世界史をやらないというようなところはないでしょうね。
寺脇  とにかく合格実績をあげようとしますよね。しかし、公立高校だから教材導入の予算がないっていうことはないですね。公立の小中学校の場合は、新しい教材を採用しようと思っても予算がない。これはわかります。しかし、公立の地方の進学校というのは、予備校のような機能を持った組織を備えていますよね。それは、どうやって運営されているかというと、もちろんそれに、税金は支出されていません。そういう学校には、後援会とか、校友会とかいうところがあります。ここがお金を集めます。たとえば、高校野球で、甲子園に出るっていうと1千万とか2千万とかすぐ集まるじゃないですか。つまり、スポーツの強い学校には、甲子園に行くなりインターハイに行くという時にはお金が集まるのです。同じように進学校には進学対策用のお金が集まるのですよ。
 その集まっているお金を、何に使うかは別にして、勧められた教材などの導入を断る理由として、お金がないといっているのにすぎないのだと思いますよ。本当にそれが生徒に必要だと考えたら、集まっているお金を利用して、それを採用するということです。
出口  いいことをお聞きしました(笑)。そうですね。今、中学校はちょっといろいろな問題があって難しいようですけれども、高校はたしかにそうですよね。
寺脇  中学校だって、それこそ有名な学習塾のSAPIXに課外授業を頼んだりしているところもあるじゃないですか。杉並区立の和田中学校がそうですね。大阪では、橋下府知事の強い希望で、SAPIXに授業を担当してもらおうって言っていますね。SAPIXの代わりに、たとえば出口さんの新教材や他の指導組織の導入もありじゃないですか。それを、中身を検討しないでSAPIXならオッケーみたいな話になっていて、これは変ですよ。
出口  おっしゃるとおりですね。
寺脇  誠実じゃないです。和田中は一つの中学校だから、藤原先生が、SAPIXがいいと思ってとってきた、それはそれでいいでしょう。校長の決定だから。じゃ、大阪中の学校がSAPIXと連携するなんていうのは変な話で、各学校が、どこに頼むか、何を採用するかということを十分に考えて、比較検討して、このメソッドがいいと思えばそれを入ればいいのですよ。
出口  おそらくそういう比較も検討もしていないと思いますね、今は。
寺脇  だから、やるんだったらきちんとね。私は、中学校くらいまでは、学校だけの力でなんとかしてほしいと思っていますが、外部のサポートを受けるということも悪いことではないでしょう。でも、それを一律にしたら変でしょう。だって、大阪だって、新しい住宅地にある中学校もあれば、下町の古くからの商業地域の中学校もあって、環境や保護者の考え方がそれぞれ違う。それなのに、同じメソッドでいいかどうかはわからないじゃないですか。
出口   ましてや、単に進学実績を上げるためだけのメソッドっていうのは、これはちょっと問題だと思いますね。
寺脇  そうですよ。多くの公立高校は、センター試験で何点取るかということに目が行っちゃっているわけです。だから、出口さん的な考え方を、進学選択に結びつけなければならない。自分の偏差値に合えばどこでもいいみたいな生徒に論理力なんかあるわけないじゃないですか。
 自分は、たとえば宇宙の仕事をしたい。宇宙の仕事をしたいので、宇宙に関係する、こうした勉強ができる○○大学工学部を受けたいっていうふうに考えなきゃいけない。それなのに、生徒だけではなく学校も、センター試験の点数で、この点数ならあそこは大丈夫だから受けなさい、みたいな指導をしてしまう。全く論理的ではないですよね。だから、出口さんがおっしゃったように、論理力が身につくということは、高校生に即して言うならば、なぜ自分は○○大学の○学部を受けるのかということを、論理的に人に説明できるようにならなきゃいけないっていうことですよね。
出口  そうですね。本当に、いろいろな意味で、日本の教育っていうのは、抜本的に考え直さなきゃだめな時期にきています。
寺脇  もう本当に考えなきゃいけない。高校なんですよ、問題が多いのは。小中学校は、私自身もいろいろ言っていますが、実は、小学校ではもうゆとり教育の成果っていうのがどんどん出てきているし、中学校でも、小学校の流れ、延長で出てきた。問題は、高校が、○×式や、それこそ模倣型から抜けていないことなのです。
出口  おっしゃるとおりですよね。もう一つ思ったことがあります。たとえば、かつて、安倍首相が、「美しい日本」と盛んに言い、道徳教育が必要とも言われました。僕も、日本の伝統文化を理解するとか、あるいは、道徳心をきちんと子どもたちに植え付けるというのはすごく大事だと思います。でも基本的に僕は今のやり方には反対ですよ。
  なぜかと言えば、一人ひとりの子どもが、自分の頭でものごとを正しく理解し、正しい判断ができる力がついて初めて、道徳心とか、美しい日本と思う気持ちが起こってくると考えているからです。
  それが、その力をつけることを全くせずに、安易に道徳心とか、日本の伝統文化を学ぼうというようなことを教育に入れてしまうと、これは権力者の思うままになってしまうことにもなりかねない。かつて、こういう失敗をしたはずです。道徳心や日本の伝統文化は、教育にどうしても入れたいことではあるのですが、入れるならば、先行して、もしくは、同時並行でもいいから、しっかりと子どもたちが論理的に物事を考え、正しい判断力をつけるという教育を徹底してやるべきだと思いますね。
寺脇  そのとおりですね。それが大前提です。だから、安倍さんたちが言っていることというのは、それこそ論理性がないと言いたくなります。
出口  そう思いますね。自分の固定観念だけで政策を考えているような気がしますよね。