HOME > 対談・真剣勝負 > 第三回寺脇研(元文部科学省審議官)

 

 

ゆとり教育の真実
時代が変わる。だから教育も変わらねばならない 生涯にわたって学ぶために学校では何が必要なのか 「総力戦」で教育していく態勢が必要
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平等が保障されて「自由」な競争が実現する
出口  ゆとり教育を推進してきて、その後、見直しを検討したのは、小泉内閣のときでしたか?
寺脇  教育再生会議ですね。これは、安倍内閣のときです。2006年に設置されました。
 小泉さんはね、もう教育に関心がなかったのです。全くなかったのですが、小泉さんは、別段教育を曲げたわけじゃないし、ゆとり教育をやめろと言ったわけでもないのです。小泉さんは本当に論理性がなくて、国会で「ゆとり教育でいいのか」って聞かれると、「いやあ、僕の子どものころは、ゆとりばっかりだったから、こんな小泉になってよかったでしょう」みたいなことを国会で答弁する能天気な人です。ただ、経済政策を、今後の成長を期待して旗を振ったから、政治が脱近代を考えることをストップしてしまったったわけですよね。
出口  そうですよね。その教育再生会議のメンバーを見て愕然としました。僕から見ても、安倍内閣に都合のいい人だけを、マスコミ受けする人だけを集めたっていう感じでした。
寺脇  そのとおりです。
出口  あれはもう本当に意味なかったなあと思っています。
寺脇  そうです。あれは全然意味がなかった。さすがに、保守陣営からも意味のなかったものだと言われています。まさに、お友達政治っていうものの極みですね。それはもうはっきりわかっていた。中曽根さんが選んだ臨教審のメンバー、小渕総理が選んだ、2000年の教育改革国民会議のそのときのメンバー、それから安倍さんが選んだメンバー、比べてみたら、もう全然違う。
 中曽根さんのときには、いわば、横綱・大関・関脇が並んでいるような番付、というか顔ぶれ。で、小渕さんのときだって、横綱・大関・関脇のような顔ぶれですよ。ところが、安倍さんの教育再生会議っていうのは、もう平幕から十両みたいな人たちの集まりでしたからね。 
出口  僕もそういうイメージを持ちました。
寺脇  しかも、さっき言ったように、中曽根さんのときは3年かけて検討したわけですよね。丸3年。で、小渕さんから森さん、小渕・森政権の時の、教育改革国民会議っていうのは、それでも1年以上かけてやった。教育再生会議にいたっては、実質数か月でゆとり教育の見直しなどの報告書を作ったのです。
出口  これからの日本のビジョンとして、教育をどの方向に持っていくかという点については、どこがどのように考えていくのでしょうか。
寺脇  この次は文科省の鈴木副大臣にこの席に座って欲しいと思いますが、鈴木さんは、さらに一歩進んだことを考えているんです。つまり、中教審のようなトップの人たちの議論も、もちろんもう一度やってもらう。責任ある立場の専門家の人たちの意見集約と同時に、です。国民も責任を持つべきだとする考え方に立つならば、国民も議論に参加してもらいます。
 国民が知らないところで議論が進み、いつのまにか政策が決まったなんてことにならない環境も整備されました。「文部科学省(政策エンジン)熟議カケアイ」という名称のサイトがあります。インターネットで「熟議カケアイ」と入力すればすぐアクセスできます。ここを国民全部にオープンにして、たとえば、「学校の先生というのはどういう資質が必要だと思いますか」ということについて、大々的に国民から意見を求めているのです。で、こういう意見がこうあったと、集約・分析して、それを政策論議の際の参考にします。
 かつ、中央教育審議会みたいな、そういう専門家の意見も聞きます。そして最後は、政治が、それこそ上部構造であるところの政治が、責任を持って判断しようという仕組みを、今作ろうとしているのです。
 このことも、もっと国民に周知徹底しなきゃいけないのですが、周知という点では、政府はマスコミに比べればその力がとても弱いのです。マスコミに頼るところが大きいのが現状です。
 ところが、たとえば、鳩山さんが総理として、「私は東アジア共同体もやりたい。新しい公共も作りたい。教育はこのように変えたい。沖縄はこうしたい」って言った場合、このうち沖縄のことだけが報道されてしまうということになるのですね。思うように情報が伝わらないのです。
出口  本当に、マスコミも大きな問題を持っていると思いますが、現状ではマスコミの力を上手く利用してやっていくしかないと思います。
寺脇  これから先、まさに、論理教育が重要になるのは、論理力がつくと、当然、メディアについてのリテラシーも高まるからです。何かを知りたい、理解したいと思っても、面倒なことはしたくないと思えば、みんなテレビのニュースしか見ないわけでしょう。しかし、論理力がつくということは、他人の言っていることが理解できるようになるということだから、接するメディアも情報も広がります。
 たとえば、誰かのブログを読んでみようというようなことになっていくじゃないですか。そうすると、テレビで言っていることとは違うことが、ここには書いてあるぞっていうことが出てくる。そして、この人が言っていることとテレビが言っていることと、いったいどっちが正しいのか、ということを考えるようになります。
出口 そうですよね。そういう意味では、メディアのほうがどんどん多極化しているようで、すごく好ましい傾向だと思います。
国民のあらゆる力を結集して教育に向き合う
出口  ズバリ、寺脇さんとしては、日本の教育というのは、たとえば、政治とか、文科省も含めて、やっぱりこのままじゃいけないという、そういう気持ちがやはり強いのでしょうか。
寺脇  このままじゃもちろんいけないですよね。いけないと考えるから、変えようとして中曽根さん以来、25年にもわたって変えようとしているのに、いろいろと抵抗勢力がはびこったりして、なかなか進まないという状況です。
出口  現状としては、いい方向にあるのでしょうか。
寺脇  方向としては良い方向に行っていますが、不十分というのが現状です。だから、不十分な部分をこれから補ったり直したりしていかなきゃいけない。最初のほうで話が出ましたが、新しい大きな政府を作らなきゃいけない。つまり、教育に関しては、新しい大きな政府です。これが「新しい公共」なんですね、鳩山さんの言うところの。
 文科省の役割というのを狭めていって、文科省の役人も減らしていって、文科省の指図するところも減らしていく。だけど、それは教育を縮小するということではありません。文科省がカバーできない部分は、「国民のあらゆる力を結集」する、そうした「大きな政府」を作っていくという方向に向かうということです。
出口  大賛成ですね。もう一度、文科省のトップとして寺脇さんに戻っていただいて……。
寺脇  いえいえ、私が戻らなくても、鈴木副大臣の考えていることと、私の考えていることはほぼ同じですからね。これからも、民主党が政権を担当し続ける限り、鈴木さんは教育政策の中心にいるわけだし、新しい教育政策も着々と進んでいくと思います。
 さっき出口さんがおっしゃった、すべての教育を無償化していくというベクトルがあるじゃないですか。すべての教育を無償化していくというベクトルは、明治からはじまって、進んでいったのですが、戦後、中学校まで無償化したところでストップして、高校から先は、それはできないとしていたのを、今度一気に踏み込み、高校無償化というところまでいきました。
 ということは、もうちょっとこれが先まで行って、大学だってそうなるかもしれない。本当に学ぶ意欲と、大学で学ぶに足る能力を持っている人には、無償になるくらいの奨学金を出していくということはあり得ると思います。ただ、大学に行って、勉強もしないで、卒業証書だけもらおうという人まで無償にするのはいかがなものかと思いますが。ただ、そういう方向へ進んでいく流れはできていると思います。
 まさに今、総力戦で教育をしていく態勢が必要です。小学校くらいだったら、近所のおじさんおばさんだって学校に行って手伝えます。高校となると、やっぱり、メソッドとしてきちんと入っていかないといけません。門外漢の人間が安易に入っていって、高校生の国語の授業を1時間やったってどうしようもないわけですから。
出口  そうですね。まだ日本の教育っていうのは、絶望する必要はないということですね。
寺脇  絶望する必要はまったくありません。希望はすごくありますよ。ただ、それを、小泉さんにしたってそうですが、ブレーキをかけてしまうものが出てくることもあるでしょう。それはしようがないですよ。三歩進んで二歩下がる。鈴木副大臣もよく言うのですが、明治維新だって、十年かかったと。つまり、大政奉還が成っても西南戦争が終わるまでは、やっぱりゴタゴタしていたわけじゃないですか。だから、そうすぐに、世の中が180度変わることはないのですから、まあ時間をかけて。だけど、方向が逆走しないように注意しないといけません。
 メディアの責任はすごく重いですね。ゆとり教育をやめたとか、ゆとり教育を180度転換したというのは大誤報なわけです。そんな大誤報を垂れ流しているのですよ。文科省の基本方針は一貫しています。いくら政治が強いときでも、安倍内閣のときですら、安倍総理自身が国会答弁で「方針を転換するわけではない」と言っています。教育再生会議だって、今の教育改革の流れはいいが、心配な点がいっぱいあるから見直しをすると言っているのです。
 そういうことをマスコミが正しく伝えないものですから、逆走しているかのように見えますが、実は逆走していないのです。だから、流れとしてはいいのですよ。ただ、その流れが速かったり遅かったり、ちょっとそこにストップがかかったりということがありますが。
 文科省も変わっています。20年以上前、外部の人が文科省を訪ねたときは、話もろくろく聞いてくれなかったのが、今ではもう担当部署に入って行けて話を聞いてくれる。そういうふうに変わってきているじゃないですか。そうすると、10年後には、もっといろいろな新しいことが起こってくると思います。
出口  ゆとり教育は、僕にとっては、方向性としては全く間違ってないと思うので、それが、実際に成果を生むように、さまざまな点で、もう一回考え直さなきゃいけないと思いましたね。
寺脇  それは最初に言ったように、上部構造と中間構造のほうがぶれてしまったので、下部構造の先生たちが動揺してしまった結果、うまくいかなかった。だからそれをもう一度、上部構造から立て直していって、こういうことでやるんですよと、ちゃんとお話しする。先生たちにも、「なるほど、世の中がこう変わるから、そういうようにやらなきゃいけないのか」と、得心してもらって指導にあたっていただくということが大事だと思います。
出口  そうですよね。わかりました。今日は本当にありがとうございました。