HOME > 対談・真剣勝負 > 第六回 佐藤優

一流評論家、現代文参考書に出会う それぞれの宗教との出会い 宗教の外側から信仰の本質を
“いろいろな偶然がふたりの出会いに結びつく
出口  佐藤先生には“戦う憂国の評論家”というイメージを抱いていました。
  いろいろな圧力があっても、権力に屈しない不屈の魂をお持ちだし、なおかつ、その戦う武器が非常にインテリジェンスというか……。
佐藤  ありがとうございます。
出口  論理を武器に、権力にも屈せずに、多彩な活動をされているので、一度お会いしてお話をお聞きしたいと思っていたのです。
佐藤  まず出口先生に感謝を申し上げないとならないことがあります。出口先生の一連の現代文関係の読解の本、あれが私にものすごく役に立ったのです。そして、今でも役に立っているのです。
  というのは、今までは、もう一回勉強し直したい社会人や、どうしても本当の教養が身についたと思えない大学生に対して、「どうすれば教養が身につけられるのか」について、なかなか説明しにくかったんですよ。具体的にどうやればいいという手引きがなかった頃、語学春秋社から出ている『現代文講義の実況中継』と出会い、特にCDの話を聞きながら「これだったら、標準的な中学生レベルの力がある人だったら積み重ね方式できちんとできる」と思ったのです。私は論理の問題というのは思想の問題とイコールだと、実は考えていますので、優れた思想書だと認識しています。
出口  大変ご多忙な中で、どうして受験参考書を手にとられたのか、その理由を教えていただけませんか。
佐藤  ある時に気がついたんです。
  それは、檻から出てきた後、早稲田大学と慶応大学で少しお手伝いをしたときのことです。授業をしていても、どうも学生がその内容を全く理解できていないという感触を受けたのです。
  そこで一回目に、山川の『詳説世界史B』の教科書を用いて、年号の試験を100題解かせました。教科書の太字を中心に、ウェストファリア条約とか明治維新、日露戦争勃発、ポーツマス平和会議、真珠湾攻撃、独ソ戦勃発、広島の原爆投下、二・二六事件、五・一五事件等で、「以下の年号を書け」と100題出したんですね。平均点は何点ぐらいだったと思いますか?
  まず慶応の大学院、手嶋龍一さんがやっているインテリジェンス講座の大学院生で、修士課程。
出口  でも、今挙げられたレベルなら誰もが知っていなければダメなことばかりですよね。となると、やはり8割くらいは。
佐藤  4.2点でした。
出口  えっ。
佐藤  42点ではなくて、4.2点です。
出口  ……驚きですね。
佐藤  次に、早稲田大学の政経学部の3年生でもやったんです。どれぐらいだと思います?
出口  まぁ、早稲田の政経っていうのは、本当にもう一番の難関の……。
佐藤  文科系では一番ですよ。
出口  まぁ普通に考えればやっぱり7~8割はとらないと恥ずかしいという気はするんですが。
佐藤  5.0点です。慶応より0.8点良かったです。二・二六事件が、196X年とか、広島の原爆投下が195X年とか、それからソ連の崩壊が2006年とか、腰を抜かすような答案を山ほど見せられてびっくりしたんです。
  その結果を前にして、私はどこに問題があるのかとよく考えました。二つあるような気がするんです。
出口  はい。
佐藤  一つは、受験勉強が嫌いなのですね。
 要するに、「どうして早稲田の政経に来たのか」ということに関して、親の期待に応えるとか、クラスメイトの前ででかい面をしたいとか、あるいはちょっと数学は得意じゃないから、それ以外の所で一番偏差値が高いところに行きたいとか、それ以上の動機がないんですね。慶応も同じなんですよ。だから、日本の新入生歓迎講演で、異常に「大学生は何をなすべきか」っていうタイトルが多いんですね。
  しかし、イギリスとかロシアとかチェコなどの国では、「大学生が何をなすべきか」ということ自体がテーマになることは考えられないんですよ。
出口  そうでしょうね。
佐藤  多分日本と韓国だけだと思います。目的を持たずに大学に入ってくる人間がこんなに多いのは。
『1分間勉強法』誕生のきっかけは受験時代
佐藤  ただこれだけだったら、こんなスッテンテンな状態にならないと思うんです。
  二番目の要因として、受験勉強に意味がないと思っている。人間は意味がないと思った嫌いなことって、絶対に記憶に定着しないんですね。
  となると、裏返すと勉強が嫌いなのはどうしようもない。意味があるという点において、意識を変えられれば、記憶に定着するのではないかと思ったのです。
  そこで、受験勉強に意味があるということを強調したのです。すると、次に学生から「どうやって勉強したらいいのか」と、こう聞かれるのですよ。
  ところが、教科書はあまりに退屈で、力技で覚えていく構成になっているわけです。そこで出会ったのが、実況中継方式の参考書だったのです。
  当然数学なんて、もっと苦手意識を持っている人がいる。そこで、あのシリーズを買い集めて、全部読んだんですね。そこで率直に言って、他の参考書と比較して『現代文の実況中継』は桁違いに高いレベルであるということに気づいたわけです。要するに、ここで初めて論理ということを意識して取り組む。
  実は大学の教養レベルでも、論理の力がないということが深刻な話になっている。野矢茂樹さんの『論理学』(東京大学出版会)なんかが売れているのはその関係だと思うのですが、それと全く同じ問題――、外交官時代の記憶がよみがえってきたんですね。
出口  はい。
佐藤   実は、外交官試験に合格した、一応選りすぐられているはずの一流大学を出た外交官の卵たちを、モスク ワの高等経済大学や、モスクワ国立大学の地理学部に留学させたら、成績不良で退学になる研修生が3、4人出てきたんですよ。このことが、私の愛国心をいたく刺激しましたね。
  私、モスクワ大学でも教鞭をとっていましたから、「なんでロシア人に、しかも日本の外交官の卵が負けるんだ」と言って、向こうの教務責任者に聞きに行ったんです。
  「ロシア語ができないのか?」と聞いたら、「そうじゃない。三つ問題がある」と言われました。 一つ目が数学です。「なんで日本の大学で、経済学修士をとっているのにも関わらず、簡単な微分方程式が解けないんだ? 線形代数が全然わからないのか」と。
  そう言われてみると、数学を完全に迂回して経済学部に入ることってできるんですよね。それに今、明らかに大学院の入試って、大学入試より簡単ですから。そうすると修士号くらいとれちゃうんですよ。 それから、「次に足りないのは何かと言われたら、哲学史だ」と。要するに、今起きている現象というのは、何らかの過去の思想の鋳型があるということをわかっていないと。
  そして、三番目に言われたのが「論理」なんですよ。要するに、ディベートが何か全くわかっていないと。これは、真理を追求するための議論ではなくて、一定の手続としての議論をする、ということなのだけれども、その中でごく初歩的な論理学がわかっていないということなんですね。 要するに、直観主義だのといった難しい話じゃない。アリストテレスの古典的な同一律、矛盾律、排中律がわかっていない。だから、背理法の使い方がわからず、なぜあなたの議論が崩れているか、という話ができないから、全くディベートができないし、論理的に文を解析できない、ということを言っていたわけです。
  それで、実際のビジネスパーソン、あるいは外交官の論理力を強化するためには、出口先生の本を読むことが一番良いと確信するに至って、それでそういう需要が一番高い『東洋経済』、それから『朝日新聞』で紹介させていただいた、という次第なのです。
出口  本当に僕もびっくりしました。ありがたい話です。また、今度は『出口の出なおし現代文』(青春出版社)に推薦文をいただいて。
佐藤  『出なおし現代文』は、是非、私の持っているコラムや新聞記事等で紹介したいと思うんです。
出口 ありがとうございます。
佐藤  この本非常に良いですね。というのは、極端に力をかけないで、かといって極端に簡単すぎないで、ノートあるいは紙を使いながら、通常の努力ができるビジネスパーソンが向かい合って消化できる、ちょうどいい量ですからね。
出口  ありがとうございます。
佐藤  その辺、非常に考えて作られたんじゃないですか?
出口  その辺はやっぱり頭にありましたね。