HOME > 対談・真剣勝負 > 第9回 甲野 善紀

身体と言葉の関係性 常識を疑え 切実な思いから学び、生きる時代の到来
甲野流教育論、出口流教育論
甲野  私の持論は、少なくとも小学校の段階は、国語と体育と歴史があればいいというものです。算数や理科を歴史の括りに入れて、その中で身体を通して必然性をもって学べば、年号の暗記に終始することはないはずで、体育で体験しながらやってみたら、より印象深い学びが実感されるでしょう。

 つまり指を使って計算していたところから数字を発明したことによって何が変わったのか。それこそ体育で教えれば、子供も自発的に算数に興味をもつでしょう。
 幼いときは誰しも好奇心の塊だったはずで、それに沿うような形で、身体を通して国語なり歴史、体育を教えれば、特定の科目を極端に嫌いになるといったことはなくなるんじゃないでしょうか。
出口  もし僕が文科大臣ならば、言語の習得という根本に目を向けさせたいですね。英語も数学もそれらを十分に理解するには、まず下地となる言語の習得が必要です。
 数学ならば数学を成り立たせている言語を習得しない限り、数学に習熟することはできないはずです。

 言語の習得を身体を使って学んでいくことも必要でしょうね。押しつけではなく、子供たちに刺激を与えて考えさせる。とにかくいまの知の枠組みそのものをいったん解体しないと、本当の教育はできないなと思っています。
甲野  いま子供たちの数学の力が落ちていると言われていますが、だからといって「数学に集中的に取り組みましょう」で解決できる話ではないだろうと思います。数学は様々な論理構造を考える上でも重要で、つまりは全体的にものを考える力が欠かせないわけです。
学習意欲を生み出す“必然性”
――  数学に限らず、特定の科目のカリキュラムを強化すれば能力が向上するわけではない。これは冒頭のトレーニングの話にもつながります。全体的に考える力がやはり重要だと思います。
甲野  さらに言えば、原発の問題やいろんな社会矛盾、環境問題がある中で、「これからどういうふうに生きていけばいいのか」という問題を子供たちだけでなく、あらゆる人に考えてもらう必要があります。
 時代の風を受け、もっと切実感を持って学ぶ。教育の本来はそういうものじゃないでしょうか。
出口  すべてがひとつの知識、情報として分断されていて、しかもひとりひとり成長の度合いが違うのに、「中学1年生の1学期はこれをやりなさい」と決めていく。これは本当の教育じゃありませんね。
甲野  大事なのは、とにかく学ぼうという意欲をどうやって作るかということでしょう。だから教える教師と学ぶ意欲を持たせる教師とは、別々に設けたほうがいいと思います。
出口  それに加えて、“いま”を認識することが大事じゃないかと思います。子供たちは“いまここ”に生きているわけで、しかもこれからの時代を生きていかなくてはならない。

 原発の問題がある。どうしたらいいのか。年金や税の問題もある。真剣に考えないとこの先に生きていけないような危機的な状況の"いま"があって、それについてみんなで考えていくしかない。答えのないことをみんなで考えていくことによって、考える力も身につくし、「だから学ばなきゃダメなんだ」という学習意欲もわいてくると思うんです。
甲野  やはり必然性が学習意欲を生み出すのだと思います。現実に考えなきゃならない問題が山のようにある。それが現状なのですから、「君たちにも考えてもらわなきゃどうしようもないんだよ」という形で、子供達にも切実感を持たせて巻き込んで一緒にやっていくことが大切でしょう。
出口  それはいい案ですね。
甲野  必然性を感じたときの人の習得能力は驚異的ですからね。
出口  そうですね。特に3.11以降、やっぱり“いま”を考えることは、同時にこれからの時代を考えることでもあるし、そうでないと生きていけない。けれども、現状の学校教育はそういった切実さ、必然性を感じていない。
甲野  いま起きていることを自分の切実な問題として考えていく。やはり、こういう態度を身につけることが教育ではないかと思います。
出口  そして、考えるためには、論理的にものを考える力やその土台になる身体や感性がないと考えることすらできない。だから権威のある人に言われたら、何も考えず思考停止状態となり、支持してしまう。

 それにしても、お話をうかがって身体とはおもしろいものだと感じました。この現実は、身体中心の世界で、やはり身体があるから死があり、病があるわけですよね。身体があるからこそ死を意識し、青春が輝いてもくるわけです。
 身体がある。だから生きようとする。よく考えようとする。いろんな欲望が身体と対峙していく場がこの世界である。そういう意味では、身体について考えることは、改めて重要なことだと思いました。
――  本日はありがとうございました。