HOME > 文学鑑賞>森鴎外「舞姫」


第五部 


 ~最初の近代人・鷗外の悲しみ


出 口  日本の帰国途上、その船中で鷗外は一日中考え続けたに違いない。自分を待ちかまえている封建的な世界、自分を取り巻く様々なしがらみ、聡明な鷗外はこれから先のことがありありと見えたに違いない。
 だから、「舞姫」では、冒頭船中での苦悩の告白から物語が始まっていく。
 一点の恨みは最初は相沢謙吉に対してのものだったかもしれない。でも、それはあくまで一点の恨みに過ぎず、船中で次第に凝り固まって腸九回する惨痛へ変わったのは、自分自身を待ち受けている運命そのものだっただろう。
 そして、鷗外はそれに抗いがたいことを次第に自覚していく。
 一瞬エリスを愛し続けることが可能だと思ったのは、自由な風が吹くあの夢の国故の幻だったのだ。
 そして、あの時生じた恨みは、生涯鷗外の心の奥底にしこりとして残っていく。それを押し隠して、鷗外は生きていかなければならない。
あいか  鷗外はあんなに苦労して留学して、あれほど勉強して帰ったのに、エリスも青春も夢も自由もみんなドイツに封印したのね。
出 口  あっ、そうそう何故鷗外が「舞姫」を書いたのかだったね。
 家族全員がエリスをドイツに追い返し、その噂をもみ消そうとした。あわてて、赤松男爵の娘と結婚させた。すべてが家のためだった。
 だが、鷗外は生涯エリスを忘れることはなかった。
 鷗外の心の奥に一点の恨みが残ったはずだ。
あいか  でも、やっぱり卑怯よ。それほどエリスを愛していたのなら、どんなことがあっても家族を説得したはずよ。
出 口  あいかちゃんがそう思うのは、君がすでに近代人だからだよ。自我が芽生えているから、自分の意志で物事を決定することが当たり前になっている。 
 鷗外はともかく、少なくとも豊太郎はまだ封建人だったんだ。
  明治の知識階級は江戸時代にはその殆どが武士階級で、個人よりも家や国家の方が大切だった。
 恋愛はあくまで個人のもので、相沢謙吉に言わせれば、一個人の私情に縛られてはいけないとなる。
 当時の価値観で言えば、恋愛よりも家や国家の方がはるかに重たい。ましてや、鷗外は新帰朝者で、当時の明治国家を背負っている。
 家族全員でそう説得されたなら、鷗外は断腸の思いでそれを受け入れるしかなかった。
あいか  そうかあ。豊太郎にも鷗外にもちょっとだけ同情しちゃおうかな。
出 口  相沢謙吉だったら、いとも簡単にエリスを棄て、それを当然だと考えたはずだ。豊太郎は自由な風に吹かれて、近代人としての自我が芽生えかけたところだった。
 だが、それも一瞬の幻で、結局は家や国家から自由になることなどできなかったんだ。
 敢えて言えば、豊太郎は一人の女性を棄てるのに、精神を喪失するほど苦しみ抜いた最初の近代人だったんだよ。
あいか  私、相沢謙吉をクールでかっこいいと思っていたけど、それは彼が封建人だったからなのね。
出 口  それでも鷗外の心の奥底には一点の恨みが残った。
明治二十三年、鷗外は「舞姫」を発表、家族全員の前でそれを朗読したらしい。
「舞姫」を発表するや否や、世間でも非難囂々。新帰朝者ともあろうものが、異国で日本人の恥をさらした。そういった批判に鷗外は晒される。
 実際、軍部はそうした批判を重視して、鷗外に文学活動の停止を命じる。以後、鷗外は後に軍医総監という最高の地位に上り詰めるまで、小説を書くことができなくなった。その代用として、様々な翻訳作品を発表することにはなるが。
あいか  何だか鷗外がかわいそうになったわ。
 自分の気持ちを世間に向かって正直に言えばいいのに。
出 口  鷗外は一切の批判に対して、かたくなに沈黙を守ったままだった。何も語ろうとしなかった。
 あいかちゃん、考えてごらん。
 「舞姫」は豊太郎=鷗外と自然に読めるようになっている。そして、豊太郎は精神に異常を来したエリスを棄てて、帰国する。当然、世間では鷗外に非難が集中する。現実にはエリスという女性が鷗外を追いかけて日本まで来たが、その女性は妊娠もしていなければ、発狂しているわけでもない。何故、鷗外はこんな小説を書いたのだろう か?
あいか  あっ、そうだ、確かに変。これ、変よ。「舞姫」を書くことで、鷗外は自分をわざわざ窮地に追い込んでいる。鷗外ほどの聡明な人なら、そのことは分かっていたはずだわ。
出 口  そうなんだ。もちろん、豊太郎=鷗外とは言い切れない部分もあるし、これについても様々な異論がある。
 でも、「舞姫」を読むと、僕には鷗外の悲しみが分かる気がするんだ。
 現に、「舞姫」発表をきっかけに、子供が一人いるにもかかわらず、鷗外は突然奥さんと離婚してしまう。
あいか  えええっ。
出 口  僕の推論はこうだ。
 おそらく鷗外は異国の地で自由になりえたと思ったことがすべて錯覚だと思わざるをえなくなった。家族全員に説得され断腸の思いでエリスを追い返した。愛してもいない人間と結婚させられた。
 すべてが家のため、国家のためと呑んできた。
 でも、一点の恨みだけはどうしようもなかった。そこで、「舞姫」を発表。それは自分の自由を奪い取ったすべてのものに対する恨みの告白だったはずだ。
あいか  だから、作品の冒頭と末尾に恨みが述べられているのね。
出 口  それと同時に、命がけで愛し、生涯忘れることのなかったエリスに対する罪滅ぼしだったのではないかな。だから、自分を悪者にし、しかも鷗外は一切弁解しない。まさに「舞姫」は贖罪の書でもあったわけだ。僕にはどうしてもそう思えるんだ。


 ~みずみずしい感性が消えない鷗外の不思議


出 口  ところで、鷗外は自分の死を前にして、遺言を書き残している。しかも、わざわざ家族全員の前で、その遺言書を親友の賀古鶴所に朗読させているんだ。
 何とも異様な光景だと思う。


  余ハ少年ノ時ヨリ老死ニ至ルマデ一切秘密無ク交際シタル友ハ賀古鶴所(かこつるど)君ナリ。コヽニ死ニ臨ンテ賀古君ノ一筆ヲ煩ハス。死ハ一切ヲ打チ切ル重大事件ナリ。奈何(いか)ナル官憲威力ト雖(いえども)此ニ反抗スル事ヲ得ズト信ズ。余ハ石見人森林太郎トシテ死セント欲ス。宮内省陸軍皆縁故アレドモ生死別ルヽ瞬間アラユル外形的取扱ヒヲ辞ス。森林太郎トシテ死セントス。墓ハ森林太郎墓ノ外一字モホル可ラズ。書ハ中村不折ニ依託シ宮内省陸軍ノ栄典ハ絶対ニ取リヤメヲ請フ。手続ハソレゾレアルベシ。コレ唯一ノ友人ニ云ヒ残スモノニシテ何人ノ容喙ヲモ許サズ。

大正十一年七月六日


あいか  先生、賀古鶴所って、誰?
出 口  鷗外の親友だが、実は相沢謙吉のモデルになった人なんだ。
あいか  えっ、あの一点の恨みの対象になった人?
出 口  「死ハ一切ヲ打チ切ル重大事件ナリ。奈何ナル官憲威力ト雖此ニ反抗スル事ヲ得ズト信ズ。」こんな不思議な遺言書はない。
あいか  ほんとう。鷗外は一体何を言おうとしたのかしら?
出 口  「石見人森林太郎トシテ死セント欲ス」
 鷗外が言いたかったのは、この一文に集約されていると思う。
あいか  そんなことわざわざ遺言に書くの?
出 口  文豪森鷗外でもなく、軍医総監の森林太郎でもなく、ただの石見人森林太郎として死にたいということ。
 当時、軍医で最高の地位は中将止まりだったけど、死んだら一階級昇進して、鷗外は陸軍大将となる決まりだった。それも辞退せよといった内容なんだよ。
あいか  ああ、分からないわ。先生、一体どういうこと?
出 口  一人の人間として死にたいということは、裏を返せば、鷗外は一度も人間として生きたことがなかったということじゃないかな。
 もちろん、あのドイツ留学の時をのぞいては。
あいか  家のためお国のために自分を押し殺してだったわよね?
出 口  でも、鷗外の不思議は単にそれだけではなく、軍医総監になった後、堰を切ったように次々と名作を生み出していった。
 自分の青春をドイツに封じ込め、ひたすら一人の人間としてではなく、官僚として、軍医として、家のため国家のために自分を殺して生きてきた。
 それなのに、あのみずみずしい感性は決して消えることなく、様々な作品にそれらは結実していく。そこに鷗外の不思議があるような気がするよ。
 それでも、一点の恨みは生涯消えることがなかった。
あいか  何だか考えさせられちゃう。
 私は今自由を当然だと思って、何も考えないで生きているけど、実は鷗外が自らの恋愛をドイツに封じ込めることで、近代という時代が開いていったんだわ。
 私、反省しました。
 今まで、自分の価値観や好みで、名作をかってに好きだ嫌いだって切ってきたけど、実はそうじゃないんだ。
 その時代の状況や、その時の価値観をしっかりと頭に置いて、その作品を鑑賞しなければ、本当の意味で読んだことにはならない。
出 口  あいかちゃん。ちょっと大人になったな。
あいか  それにもう一つ、お勉強しました。
 教科書で習った文豪たちはみんな悩んで悩んで、そしてその先に私たちが今を生きているんだってこと。
出 口   明治から近代が始まったけど、時代はずっと今に至るまでつながっているんだ。
 歴史は因果関係を教えてくれるけど、文学はその時代に生きた人の、人間としてのありよう、そして精神の奥深いところを伝えてくれるんだよ。

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