HOME > 対談・真剣勝負 > 第五回 太田宏(フォレスト出版代表取締役) & 長倉顕太(フォレスト出版取締役編集部長)

1分間勉強考
脳科学との出会い
太田  出口先生、セレゴ・ジャパンと出会ったきっかけについて教えてください。
出口  彼らは当時、渋谷でザ・プリンストン・レビュー日本校を経営していました。ザ・プリンストン・レビューは世界中に学校を持っていて、ハーバード等、世界のトップ10に入る大学の90%ぐらいの生徒を輩出するぐらい、うまくいっている試験対策校です。
 当時、彼らは画期的な記憶システムを開発し、その特許を取得していました(詳細は『奇跡の記憶術』にて)。しかし、アメリカ人だから日本のマーケットを持っていないし、どう売っていいかも分からないので、何とか日本の教育分野の人を介してビジネスをしようと思っていたわけです。そこで、紹介されて僕のところへ来たのです。
 2人との話の中では、受験という枠組の中で、彼らが開発した新しい記憶装置を何とか活用できないかという提案がありました。当時彼らが作ったのは、携帯情報端末(PDA)、つまりポケットパソコンのような機械にソフトを入れて学習するシステムでした。脳科学の話などをベースに、様々な説明を受けるうちに、「おそらくこれは本物だろう」と思いましたが、一応僕は、「自分で試してみないと本当に良いかどうか分からない」と、まず答えたのです。
 そこで、ある有名な英語の先生に頼んで、受験に必要で、かつ難しくてなかなか覚えられない英単語800語ほどを、例文付きでピックアップしてもらったのです。
 当時、僕はSPSという、東大や早慶上智を狙っている優秀な子たちが集まる予備校を持っていました。その生徒たちを相手に、ピックアップした英単語をざっとテストしてみたのですが、ほとんど解けませんでした。そこで実験として、その解けなかった単語をセレゴに回し、「これでコンテンツを作ってくれ」とお願いしたのです。そして完成したソフトを、20名の生徒をモニターにして、3カ月でどれくらい覚えられるか一斉にやらせてみました。
 すると、ちょっとした空き時間にやらせただけなのに、生徒たちは単語の97.8%を覚えてしまったんですよ。
太田  すごいですね。
出口  ええ、しかも例文も発音も一緒に頭に入っているんです。これはもうノーベル賞級の発明じゃないかと思いましたね。このシステムなら、記憶全般にわたり、英単語だけではなく何にでも応用できるのではないかと。本当にとんでもないものができたと思って、思わずセレゴ・ジャパンの株を買って投資しました(笑)。
太田  それは何年前のことでしょうか。
出口  もう8年ぐらい前になるのかな……。
 ところが、そのシステム導入は失敗に終わったのです。いざ翌年、本格的にそのコンテンツを800名ぐらいの生徒全員にやらせてみたところ、ソフトではなく、PDAの不具合が頻発してしまったからです。
 セレゴはおそらく、学習ツールがパソコンからPDAという小型機器に変わるだろうと先を読んだのでしょう……。今から思うと、彼らの時代感覚は新し過ぎたのでしょうね。現在のiPhoneのはしりみたいなものですから。
太田  でも、ソフトは素晴らしかったんですよね。
出口  そう、ソフトは本当に素晴らしかったんですよ。
 それにアンドリューとエリックは、人間的にも信用のおける好人物ですので、個人的な交流はその後も続いていました。そういうこれまでの経緯が、今回の『奇跡の記憶術』を出版した1つの理由ですね。
論理の追求の果てに
太田  では、もう1つ質問させてください。 出口先生は、もちろんその当時すでにカリスマ講師でいらっしゃいましたが、なぜ彼らは、英語でも歴史でも物理でもなく、現代文の出口先生に協力を依頼したのでしょうか。それは、「論理エンジン」の開発者ということで先生が注目されていたからなのか、はたまた偶然の出会いなのか。
出口  1つは偶然ですね。
 彼らはアメリカ人ですし、記憶のことばかりずっと研究していましたから。 「論理エンジン」についても、僕と会った後で知ったと言っていました。たまたま僕とウマが合ったんでしょうね。
 しかも僕はSPSという予備校を持っていたから、SPSを通して実験してもらったり、いろんな企業に紹介してもらいたい、という思惑がやはりあったと思いますよ。僕自身も、現代文を教えるだけではなく、予備校の経営者としての側面もありますから、現代文以外の教科にも関心はありましたし。
 もう1つは、僕自身が“論理”をずっと追求してきた結果、物事を考えることと、記憶との関連性が何よりも重要だと感じていたことも理由に挙げられると思います。
 彼らと出会う前から、僕はより効果的な記憶法について興味を持ち、生徒に対しても記憶の仕方について、10年以上前からずっと講義の中で教えていました。
 ところが、記憶の仕方を講義できちんと説明して、「これは必要だから、ちゃんと覚えなさい」と指導しても、生徒は黙々とノートをとるだけで、ほとんど効果が出ないということを、僕自身痛感していたのです。
太田   ああ、そのことは本にも書いてありますよね。
出口  ノートにとったことにより、覚えた気になってしまって終わり。つまり、自分で自分の記憶を管理できていないのです。東大に合格するような、かなり優秀な生徒であっても、記憶に関しては全く自己管理できていない。
 だから自分が何を覚えるべきか、何を覚えたのか、何を覚えていないのか、何を忘れかけているのか、ということに関してまったく無頓着。それは、あまりにも非効率的なんですよ。そんな時にセレゴの理論に出会って、記憶の管理の仕方を知ったわけです。
50歳でも使える『奇跡の記憶術』
太田  その理論の中に、記憶の段階として、「ファミリアfamiliar」「リコグニションrecognition」「リコールrecall」「オートマティックautomatic」があるわけですよね(詳細は『奇跡の記憶術』にて)。
出口  はい。
太田  最終的な記憶法としてはメタ記憶なわけですけれども、今回お書きになられた方法論は、受験生などの若い頭脳ならば活用できると思うんですけど、40代、50代くらいの人でも大丈夫なのでしょうか?
 というのは、エビングハウスの忘却曲線では、1回記憶したもののうち、20分後には42%を忘却するとありますが、これは要するに残りの58%は覚えているということですよね。
 私のことを申して恐縮なのですが、私にはこれは無理なんですよ。英単語を20分後にそんなに覚えていられない。つまり、記憶に年齢は関係ないのか、ということを知りたいのです。
出口  記憶力は、やはり年齢とともに衰えてきます。僕も本当にものを覚えにくくなってきましたね。
太田  ものを覚えにくくなるということは、要するに記憶しにくくなるとともに、忘れやすくなるということですよね。
出口  おっしゃる通りです。実は、忘却曲線には1つ大きな落とし穴があるのです。 忘却曲線を生み出した実験というのは、本の中でも書いてあるように、全く無関係の音を記憶する、というものだったんですよ。つまり、何の意味もないものを記憶すると、1日後には74%忘れてしまう、ということの実験データなのです。
 そして、今出ているほとんどの記憶術の本は、この実験から導き出された忘却曲線を基にしている。
 実は、この忘却曲線は変えられるのです。
太田  「論理」を使う、ということですよね。
出口  そうです。一旦理解して整理するとか、因果関係を意識するといった「論理」を入れることによって、その後の忘却の度合いがまったく変わってくるんですよ。
 若い時だったらガムシャラな記憶ができても、年をとるに従ってやはり脳の力は衰えていくので、その分、より理解し整理することが大切になってくる。まさに加齢で衰える脳の力を補うために必要なのが、論理力なのです。
 また、30歳以上の大人に、僕がぜひ知っておいてほしいと思うのは、数多くの大事なことを、実は今までに既に学習してきた、ということなのです。かつて記憶したのに、それをいつの間にか忘れてしまっているだけなのです。そのことを無視して、一からまた記憶する勉強法で学ぶのは非常に効率が悪い。
 せっかく長年にわたっていろんな勉強をし、多くのことを記憶してきたならば、そこに立ち戻って、自分が覚えていたのに今忘れてしまったものをすくい上げることから再スタートする工夫をすれば、若い人にも十分対抗できます。これぞメタ記憶なのです。
 おそらく、歳を重ねれば重ねるほど、知っているはずだったのに忘れてしまったことがたくさんあることでしょう。そこを大切にして再スタートする、これが先ほどの太田社長のご質問へのお答えになるかと思います。
太田  英単語なんか特にそういうことがありますよね。
 今、社会で話題になっているのが、社内公用語を英語にしようという動きですよね。楽天さんもそうだし、三井住友銀行さんがTOEICで800点以上取るのが最低ラインというようなことを新聞に発表していた。今年の新入社員には、入行前までに800点取ってきなさいと、半ば至上命題のようになっているわけです。
 だってもう2月の末ですよ。となると、暗記しなければいけないでしょう。TOEICは解き方も重要ですけれど、やっぱり記憶も重要ですから。そうすると、記憶の仕方そのものが非常に重要になってくる。
出口  そうですよね。多忙な中、限られた時間で記憶するのであれば、やはり記憶の仕方を、もう一度見直してみることをお勧めします。それこそ、本当に限られた時間で効果を上げなければならないエリートサラリーマンたちにこそ、メタ記憶が必要だと思いますね。
 今回のこの出版が、自分の記憶についてもう一度考え直すきっかけになってもらえれば、それだけでも僕はこの本を書いた価値があると思います。
太田  私なんか思い出したくない記憶ってのが、実はたくさんありましてね(笑)。
 思い出したい記憶、必要な記憶だけ思い出して……。
出口  そうですね、それも含めて管理しましょう(笑)。