HOME > 対談・真剣勝負 > 第8回 宮台 真司

アドレッセンス回顧 コミュニケーションと宗教性 3.11で露呈した世界
 
引き受けて考える作法 宮台的革命論 ― 心の習慣を変えるために    

出口  また何か事故があったらとんでもないことになるとはいえ、福島原発の放射能放出はやがて止まる。すると問題は、空気、大気の汚染よりも、水や食べ物ですよね。これらについて、政府は十分な情報を出していません。政府自身がどう評価していいか分からない、ということなのでしょうけど。
宮台 政府ばかりが悪いのではない。マスコミだけでなく、皆が「安心なの? 危険なの? ハッキリ言って」と政府に要求するから、ハッキリ言えない政府が情報を出せなくなる。先に述べた正統性といっても、日本の場合は特殊で「必要な情報を公開するか否か」でなく、「全ての評価を任せられるか否か」なのです。
 これは、僕たちが、〈任せて文句を言う作法〉に淫して、民主政治に不可欠な〈引き受けて考える作法〉を持たないことに由来します。加えて、民衆のみならず、任せられたはずの政治家や行政官僚たちが、〈空気に縛られる作法〉に淫して、近代政治に不可欠な〈合理を尊重する作法〉を持たないことにも、由来します。
 

日本的な作法      〈任せて文句を言う作法〉 & 〈空気に縛られる作法〉
あるべき作法      〈引き受けて考える作法〉 & 〈合理を尊重する作法〉

出口  誰もわからないことを尋ねるからかえって隠されてしまうということですか。
宮台  ええ。科学的想定の曖昧さだけでなく、科学的想定に対する態度の不合理さもすごい。地震学会から30年以内にマグニチュード8を超える地震が東南海で起こる可能性が80%以上というアナウンスが出ました。にもかかわらず「原発直下に活断層が無いので大丈夫」とか、意味不明のコミュニケーションをしているんです。
出口  まったくです。日本のように複数のプレートが混在して地震が多発する場所に50数基も原発があるというのは、普通に考えたらありえない。そうなると、利権絡みで何が何でも原発を推進しなければならなかったのは、火を見るより明らかですよね。
宮台  そう。なぜ原発を推進するのか。技術的な合理性が理由なのではなく、電力会社の独占供給体制維持が理由です。
 原発建設には電力会社が払う事業コストの他に膨大な開発補助や立地補助があり、過小に見積もられたバックエンドコストや災害費用があります。要は国が深く肩入れしないと、そもそも原発建設はあり得ないのです。
 しかも費用が膨大なので、原発を1基造ったら30年以上運転しないとコストが回収できません。であれば、国が金銭的に深く肩入れした原発のコスト回収を困難にする、競合エネルギーの存在を、国が許容するはずがないという期待の地平というか共通了解が、形作られるわけです。地域独占供給体制の維持こそが原発推進の目的なのです。
出口  権力者たちが利権を吸い続けた結果、われわれにはおぞましい吸殻が投げつけられた。新たな放射能はこのままいけばそれほどは出てこないだろうけど、既に散々放出されたものに対して、一人一人がどうやって生活していくのかが課題ですよね。
 もはや近代、あるいは後期近代は行き詰まっています。そのことを、多くの人が3.11で実感できたと思うんです。つまり、政治から経済、教育、環境まですべて含めて、今までのシステムを続行するとやがて人類は滅んでいくということです。
 終末思想じゃないですけれど、今言ったような利権問題もすべて含めて、このままだとおそらく人間も地球もダメになっていくんじゃないかと思うんです。僕は今変えられなかったら地球はおしまいだというくらいの危機感を抱いています。
 それでもまだこのシステムを変えずにいこうとする鈍感な感覚が、僕には信じられない。僕は特に、原発というより核そのものが地球に存在してはいけないのではないかと思うのです。人間と共存不可能な悪魔の火を手にしてしまったというか……。一度手にした火がなかなか消えないように、普通の形では捨てることができない。
 武力革命とはまったく思いませんが、宮台さんが若い頃に夢見ていたような“革命”が、僕はこれから必要になってくると思うのです。今までみたいな生産量を拡大するだけの価値観じゃなく、どうやって自然と共存するか、あるいはどうやったら人間は幸福になれるのか、どうすればもっと豊かな精神生活を営めるのかとか、いろいろな意味でもう一度既存のものを白紙にして、見直して考えなければならない時期ではないかと。
 そういう意味では、宮台さんみたいなオピニオンリーダーがこれからどういう形で発言していくのか、すごく楽しみですね。